アン・アーチャーさん、独特の微笑みが素敵です

ロ、ロ、ロマンス…!!

始まる前からベイカー先生いい歳だし大丈夫かなーと思ってたら、やはり年齢がハードルとなってしまいましたね…。

今回の話を見て、小津の映画にも年の差婚のエピソードがあったのを思い出しました。あれは確か『秋刀魚の味』ですかね。親子くらい歳の離れた相手と結婚した飲み仲間(やっぱり初老のおじさん)に、笠智衆が「なんだか穢らわしい気がするよ」と穏やかにキツいこと言ってましたっけ。

うーん。さすがに穢らわしいとまでは言いませんが、やっぱり年の差婚って難しいんじゃないかなあ……と個人的には思います。男女のどっちが上でも下でも、ううむ、まあ、でも、うーーーーん……。

言い古されたありきたりな言葉ですが、結婚ってゴールじゃないですもんね。その先の生活の方がずっと長いわけで。そこで自分やケイトが得るものと失うものを比べたときに、自分は得るものの方が多いけど、ケイトはおそらく失うものの方が多い、とベイカー先生は気づいちゃったわけですよね。

若さを有り余るほど持っているケイトと結婚して、自分も若返った気分になりたい!ってのは、ベイカー先生にもやっぱりちょっとはあったと思うんですが。実際ピクニックとかすごい楽しそうだったし。

でもそうやって若さを装っても、自分は決して若くはなれないし、むしろ年寄りと付き合うことでケイトの若さを空回りさせるだけなんじゃないかと。相手がどんなに熱を上げていても、社会的強者である年長者(しかも男)がそれをするのは、やっぱり倫理にもとる。それに気づかず、もしくは気づかないふりをして強行するグロテスクさを小津は「穢らわしい」と言ったのかなと思います。

ローラがナレーションで言うように、ベイカー先生はこの別れのあとも、ウォルナットグローブの人々を助けるために一人で医師を続けます。

ここからはもう想像の域ですが、そうやって自分の幸せより医者としての仕事を優先してきたが故に、先生はずっと独り者なのかなと思います。若い頃には恋愛するチャンスだってあったかも知れない。儲かるわけでもない片田舎で結婚する間もなく仕事に忙殺されて歳を取るなんて、冷静に考えれば全くもって不公平で割に合わない人生です。もっと報われていいし、先生だって幸せになる権利がある。でも、他にやる人がいない。自分が医者をやめたらこの町の人たちは困るのが明らかに分かっている。だから自分のことは置いておいて、医者としての仕事を全うする(しかも、何より素晴らしいのが、朗らかに楽しそうに仕事をする点です!)。

そりゃケイトも惚れちゃうわ。

こういう人を大人っていうんだろうなと思いました。「町には医者がいない」でも「落ちてるゴミを拾う」でも同じで、誰もやる人がいない仕事を見つけたとき、見て見ぬふりをしない。そういう成熟した大人がいないと社会って成り立ちませんよね。

そんなの形式張った建前だ、ぶっちゃけて欲望に素直になれ、欲しいものを手に入れて何が悪い?みたいなのが昨今よく聞かれますが、そんなこと声高に言っちゃあいけません。それは禁じ手です。

あー、まあ、とはいえ、ベイカー先生はなにがしか報われて欲しいなあ! って思いますけどね。ケイトにも幸せになってもらいたいなあ!

いつか二人が笑って会えるといいね…と思いました。


余談:
このドラマをここまで通して見てきて思うんですけど、チャールズってば、かーなーり子どもっぽいですよね……? まあ、そこがかわいいっちゃあかわいいんですけど、ちょっとイタズラ小僧が過ぎるのでは? と思わないこともない今日この頃なのでした。