BSでの放送が第一シーズンで突然終わってしまい……本職のイラスト仕事もバタバタ忙しく……更新が猛烈に滞っております。すみません…。もう今年が終わっちゃう(泣)。

「吹雪の中」はなんというか、書きがいがあるというか調べがいがあるというか、なかなかに奥深い回でありました。

インディアン(※)と開拓民の軋轢は西部開拓史では避けて通ることのできない問題で、ちょっとこれはこれで別稿を設けようと思います。珍しく具体的な年号が出てきたりしてましたしね。調べるのにちょっと時間がかかりそうなので、歴史背景などはまた改めて。

ということで、その辺を脇に置いといたとして。今回の主題は「復讐」とか「赦し」とかでしょうか。

アンダーソンはインディアンは悪、自分たちこそが正義、と頑なに信じている白人男性。自分の信じる歴史を子どもたちに長々と解説し、リボルバーを人に向かってぶっぱなし、空腹に耐えかねるとスープはないかとキャロラインに媚びるような顔をする、お世辞にもいい人とは呼べないような描かれ方をしています。

それに対してレーム・ホースは、徹頭徹尾しゃべらない(単に言葉が通じないだけ…というわけでもなさそうなんだけど)。黙々とチャールズを助け、捕まったあとも大人しく縛られ、小屋を抜け出して鹿を運び、さらに撃たれたあとも、表立った抵抗を一切しません。

アンダーソンに歯向かおうと思えば、小屋を出る時とかにアッサリ殺せたのにね…。

レーム・ホースという人物が、これまでの白人との戦いの中でどう振る舞い、何を考えてきたのかは一切わかりませんが、ただ少なくともあの時点では、敵であるかもしれない白人でさえ助けようとする、真っ当な人間であることは間違いありません。

吹雪に閉ざされた小屋という狭い舞台のなか、アンダーソンやチャールズたち白人が勝手にインディアンである自分を殺そうとしたり助けようとしたり騒いでいる一方で、ひとり無表情に沈黙を続けるレーム・ホース。その対比が痛いくらいに鮮やかです。

チャールズはインディアンを差別せず、むしろ、「自由を奪い、土地を奪い、命まで」奪おうとするアンダーソンを非難しますが、もちろん、チャールズを始めインガルス一家も、ほかの入植者も皆、清廉潔白というわけではありません。差別意識があろうがなかろうが、搾取の自覚があろうがなかろうが、あの時代のあの土地で、入植者は間違いなくインディアンを追い詰めました。

始めてアメリカ大陸にやってきたピューリタンにインディアンが分け与えたトウモロコシの恩も忘れ、白人たちはインディアンと彼らの文化を踏みにじった。

そんな裏切りを悪いとも思わず(もしくは知らず)にインディアンへの攻撃を正当化するアンダーソンと、インディアンへの仕打ちを非難するチャールズは、レーム・ホースから見れば、良くも悪くも同じ穴のムジナに見えるのかもしれません。たくさんの白人の中にはいい人も悪い人もいると分かっているとしても、でも、それを表明するような余地なんてなくすほどに、白人たちは徹底的にインディアンを痛めつけたんじゃないかと思います。

抵抗も命乞いもせず沈黙に沈むレーム・ホースは何だかもう人ではないみたいで、勝手に喧嘩し和解する人間たちをただ見ている……、手塚治虫の「火の鳥」みたいだなと思いました。うまく言えないけど、もう神様みたい。

そういうのって逆に失礼なのかもしれないけども。

最後の最後、レーム・ホースが一人で山に帰っていくのが、なんだか寂しいような、安心するような、なんとも余韻のある終わり方でした。

チャールズは「家に帰ろう」と家族で幌馬車に乗っていくけれど、レーム・ホースにはもう帰る家はないし、おそらく居留地にも帰らず、一人で白人たちを避けて生きていくのかなと。

なんか、やりきれないですよね。


※アメリカ先住民族に対する呼称については様々な意見があり、私も個人的にはネイティブ・アメリカン等の方がふさわしいと考えますが、ここはドラマに合わせてインディアンとしています。