シーズン2の第2回。

前半は「メアリーの近視にみんな早く気が付け!!」と気が気でなく、後半は「眼鏡をそんなとこに隠したら本当になくなっちゃうぞ!!」と気が気でなかったです。

あと、眼鏡っ子にはちょっと心の疼く回でありました。私も子供の頃に眼鏡をからかわれた思い出が……(泣)。


さて、本題。

ネリーとウイリーの意地悪っぷりも相変わらずなんですが、今回はそこではなくて、メアリーが未来の自分とビードル先生をダブらせるってところが肝のお話でした。

勉強を頑張るメアリーに「ビードル先生みたいになれる」と励ますキャロラインも、教師になるのが夢のメアリー自身も、ビードル先生をロールモデルにしている感じ。

今までの回でビードル先生が眼鏡をかけてたかどうかは記憶が定かじゃないんですが、眼鏡をかけてるビードル先生は、もう明らかに将来のメアリーそのものですよね。

そして、それを容赦無く刺しにかかる、毎度お馴染みネリー姉弟……。

「Four eyes」と自分が直接笑われるのも勿論つらいんですが、どっちかと言えばビードル先生を揶揄される方が、メアリーは深く傷付いたんじゃないかなあと思いました。

なぜなら、「(眼鏡をかけてる)ビードル先生は独身だわ。メアリーもそうなる。眼鏡は結婚を遠ざける」というネリーのセリフは、眼鏡をかけた女性教師になるであろう未来の自分への呪いに他ならないからです。

ネリーの言う通り先生は独身だし、メアリーはこの先ずっと眼鏡を(少なくとも勉強中は)かけなければならない。でも、だからといってメアリーも将来結婚できない、というのは無根拠で誤った飛躍です。でも、落ち込んでるとき、こういう毒のある言葉って刺さるんですよね…。

おそらくメアリーは、私はビードル先生みたいにはなりたくない、と思ってしまった。それは失礼でよくないことだとわかってるんだけど、でも、やっぱり眼鏡をかけた女性は醜くくて笑われたり嫌われるものなんだと、ちょっとネリーの価値観を肯定してしまったんじゃないのかなと。さらに深読みするなら、「先生みたいになりたくない」と考える自分こそが、最も悪い人間なのではないか、とさえ思ったかもしれない。

メアリーってば真面目だからさ。

その後も学校でからかわれ続け(クラスのみんなもかばうどころか一緒に笑ってくる…)、遂には自ら眼鏡を隠してしまうメアリー。

チャールズたちには「眼鏡をなくした」と嘘をつき、授業ではやっぱり黒板が見えず、ああもう、この辺のメアリーは痛々しいったらないです。眼鏡のおかげで成績が上向いてきたにもかかわらず、歴史の選抜試験は受けない、とふてくされてしまう。

しかし、まあ、最終的には、眼鏡のビードル先生にはハンサムな恋人(しかもジェントルマンで弁護士なのだ!)がいることが判明。

その素敵な恋人の存在で立ち直ったメアリーは隠した眼鏡を取りに走り、試験を主席で合格し、チャールズにも嘘を告白。ビードル先生みたいないい先生になる!と改めて宣言し、めでたしめでたし……


……だったんです、が!!!

えーと、ここまで長々と書いておいてなんなんですが、実は、個人的にはちょっとモヤった回だったんですよね。

時代背景を考えると仕方ないんですけど、結局、今回の「Four eyes」問題を解決したのはビードル先生にかっこいい恋人・ジョンがいたこと、なんですよ…。それってちょっとどうなのかと。

いい男に選ばれることが最高ってならんで欲しかですよ、私は。先生のいいところは、そこじゃなかとです(思わずなまっちゃう)!

あの時代に教職という専門職について熱心に仕事をし、近くの街まで片道3日もかかるような開拓村で(ひとりで?)暮らし、颯爽とバギーを乗りこなす、そういう自立した格好よさこそ、ビードル先生の魅力じゃないのかな。しかもレモンバーベナのいい香りがして優しいんだ。めっちゃ格好いい女性じゃないか。

その結果として、ジョンみたいな知的な男性が彼女を好きになるんじゃないかと。男性に選ばれたことに価値があるんじゃなくて、価値があるのは、間違いなく彼女自身だよ。

シーズン1からの話を全部見てたらビードル先生は素敵な人だからとも思えるけど、この話だけだと、なんかビードル先生が浅はかに見えちゃってさ…。勝手にちょっと寂しかっただけなんですけどもね。うじうじ。考えすぎなんですかね。うじうじうじうじ。

そもそも、開拓時代を扱った70年代のドラマに、そーいうのは求めるべくもないってわかってるんです。もちろん、現代に合うように作り直せ、とか全く思わないです(それはそれでおかしな話になっちゃう)。この時代はこういう捉え方だったんだね、とわかってりゃいいんです。でも、今作るなら、たぶんもう少し解決法の比重が違ったんじゃないかなあと思った次第(ていうか違ってて欲しい)。

原作の「小さな家」だって、いろんな読み方があり、いろんな批判がありますもんね。昔の作品を見るって、いろいろ考えることも多いものだな、と改めて思いました。